時は遡ること10年前。まだ私がピチピチの20代で学生だった時のことである。
出版社でアルバイトをしていた。バイトの同僚は、フリーター1名、主婦3名。
フリーター娘は、28歳。音大を卒業しているが就職先もなければ嫁ぎ先もなく、ここでバイトすること8年目。長老である。
口癖は、「パパが、弁護士なんで」なのだが、だから何なんだろう。とことん社会からずれている哀れな人。
残りの同僚たちは、全員揃ってアラフォーの主婦。
主婦1号の名前は、織田順子(オダ・ジュンコ)。九州出身の織田さんは、夫の転勤に便乗して上洛。子供は今の所2人。長男は小学1回生、次男は保育園に預けている。
織田さんについて、「子供がまだ保育園に行ってるのに、こんなところでパートしてるなんて、どんだけ稼ぎの少ない旦那なのかしら」と噂するのが主婦2号。
主婦2号の夫は、歯科医。夫が医者なのにこんなところでパートしているなんて、どんだけケチな旦那なのかしら、という陰口はさておき、主婦2号はつかみどころのない「偽造セレブ系」。名前は、前川千博(マエカワ・チヒロ)。
主婦3号は、誰がどう見ても「オワタ」おばさんである。(この人だけ、アラフォーではなく52歳だった)。年齢的にも、経歴的にも、絶対的に、終わっている。
まじ、オワタ。
このオワタさんの8歳年下のご主人は、工業高校卒のエンジニア。「トヨタで働いている」というものの、実際はトヨタ系列の下請け中小企業の派遣労働者。おそらく、時給1000円程度で半年ごとに違う会社へ派遣されていく、その日暮らしな工場労働者。
娘さんはまだ小学生6年生。まだまだ、手もかかれば金もかかるのに、母は戦力外のパートさん。父も、いつ無職になってもおかしくない派遣労働者。両親の稼ぎは、二人合わせても時給2,000円未満。
この社会不適合系女性たちのミッションは、学習参考書の素材作り。
具体的には、全国の中学高校大学の入試問題を切り貼りしてファイリングする仕事。
つまり、地味。
両手が使える生物なら誰でもできる単純作業を、地下二階の「作業室」で黙々と行う。
とにかく、地味。
地下二階って、もぐらかよ!
もぐら歴8年の長老系フリーター娘が「私語厳禁!」と威圧する中、手作業でページ番号をスタンプしていく。
がちゃん、がちゃん、がちゃん、響き渡るスタンプの音。
映画で見た東ドイツの郵便局員が、こんな作業をしていたなぁと思い出す。
ここは本当に、21世紀の日本なのだろうか。
異常な環境に8年も居座った28歳は、完璧に一般社会の枠組みから外れていた。
そして、この異常な28歳をボス扱いしなければならないオバさん主婦3名。
一号は、子供が小さいから他の仕事は採用されなかった織田さん。
二号は、なんちゃってセレブで下働お断りオーラ満々の2号さん。
三号は、職務経験なしで50歳を過ぎたらスーパーのレジバイトですら採用されない3号さん。
皆、生活がかかっているから28歳に媚びるしかないのだが、媚びるは表。
裏は、ふふふ。
裏:「堀井さん(28歳)って、世間知らずで、頭は悪いし、こんなところで8年もパートして、結婚もできなければ、就職先もないし、親が弁護士で偉いと思ってるけど、そんなのうちらに関係ないし(続く)」
堀井さんがトイレに行っている時は、いつもこの話題。
あ、堀井さん、せっちん終了で戻って来た!
その途端、
表:「堀井さんって、すごい。仕事、テキパキ、いつもかっこいいですね。」
「堀井さん、今日のお洋服、素敵ですね!」
「堀井さん、顔ちっちゃい!モデル体型ですね!」
って、おいババア!!
しかし、裏表。本音と建前。これが、日本の文化なり。
そして、ストレス抱えて働くのも、日本の文化なり。
こんなストレスフルなババアたちと、バイトとはいえ一緒に働くと、唯一安定している学生の私がイジメのターゲットになった。(イジメの内容はご想像にお任せします)
さて、
年功序列や終身雇用、専業主婦、扶養手当、そんな概念が崩壊していく日本で、これからもっともっと、異なる世代の人物とともに働く環境は増えることでしょう。
人生100年時代。一億そう活躍社会。つまり、男も女も死ぬまで働けってこと。
どんな作業でもいいから、働けってこと。会社も国も、女や老人を扶養する余裕がなくなったので、稼げってこと。
そのため、学生も、主婦も、フリーターの若者からおっさん、おばさん、老人までみんな、同じ立場で同じ環境で同じ作業をするという職場環境が増えていくことでしょう。
私の経験からして、40代パート組は要注意です。何ができるわけでもないのに、イジメだけはお上手。みんな、ずるいし汚い。
大学卒業と同時に、私はこのズルくて汚い地下二階から抜け出した。
そして、あれから10年。
今も堀井さんは時給830円で作業しているらしい。毎年、「パパが行政書士なんで、時給上げてください」とクレームをつけているそうだが、「お父さんはうちの会社で働いていないでしょ。あなたの仕事内容は、入試問題を切ったり貼ったりするだけなんだから、時給830円以上の仕事は頼んでいないし(ってか、できないでしょ)。能力に見合った業務しか任せないし、業務に見合った賃金しか払えないの。堀井さん、あなたの仕事は時給830円の価値しかないの!あなたの能力は、それだけでしょ!入試問題を切ったり貼ったりしているだけなんだから。嫌なら、辞めてね(むしろ、辞めてほしい)」というのが人事課の見解なのだとか。
崖っぷち主婦3名は、まず織田さんは、年下の夫が年下の女と社内不倫。子供への悪影響を考えて、裁判沙汰にはしたくないらしく、「時給830円のパートでは、離婚できないので」ということで、九州へ里帰りしてお水やらホステスやら、夜の仕事で稼いでいるのだとか。貯金ができたら離婚してシングルマザーになる覚悟らしいと、3号さんが噂していた。
自称セレブの2号さんは、「この前、家族でバリ島へ行った時に空港で出会った東大の学生さんに胸がキュンキュンしちゃったの。若いのに、賢いし!」とのこと。不倫される主婦もいれば、不倫する主婦もいるのだ。
そして3号は、今も堀井さんに媚びながら、がちゃん、がちゃん、がちゃん、東ドイツで働いている。
この出版社で、ベルリンの壁の崩壊のごとく「地下2回の壁(ってか床と天井)」の崩壊ならびに近代化がもたらされれば、この「入試問題切り貼り作業」という仕事はこの世から消えることだろう。
しかし、時代はゆっくり、ゆっくり、ほぼ静止状態で進むことなく今に至る。
これが、本屋さんで「チ⚫️⚫️ト式の参考書」を見る都度に思い出す私の東ドイツ体験談だ。マルクスでなくても、「労働者よ!」と叫びたくなる。
団結できない職場でも、労働者よ、イジメはよくないよ!ね?